街の隅っこ、世界の中心。子供の頃に住みたかった町で、一軒家を借りて、気ままに生活を始めました。

小浜の紋付祭りアナザーストーリー。Mの偏見がさらなる加速。

小浜の紋付祭りアナザーストーリー。Mの偏見がさらなる加速。

 

前回お祭りの紹介記事を書いたので今回は、アナザーストーリーをば。今日は前回紹介できなかった、小浜の紋付祭りの素敵なところをダイジェストで!笑

 

□私が勝手に素敵だなって思っている、このお祭りにまつわる出来事を4つ紹介

(1)着付けの様子です。この時間、朝6時くらい。(前日日付変わるくらいまで飲んでます。)身を清めて、着付けをするんだとか。このおばあちゃんは私が見ている限り3人の男性を着付けました。まさに「地域みんなのおばあちゃん感」。紐が足りないぞ〜、マジで?なんて掛け合いが聞こえて来たり。

 

 

 

(2)祭典中、1番好きな瞬間はここです。

この、みんなで提灯枠を取り付けるところ。いや!紋付羽織袴の部分だろ!っていうツッコミをしたい方、ちょっとお待ちください。もちろん神事としての価値は、その紋付羽織袴の部分なんですけれど。心がこう……揺れ動くっていうか、いい時間だなって思うのはこの瞬間です。小浜の紋付祭りって、人数がそんなにいっぱいいるわけじゃないんで、本当にみんなで力を合わせて運行してるんだと思うんですよね。これが各町で行われているわけです。よそから来た人間だとこの瞬間、好きっていう人多いと思います。人と人との関係が顕著に見えるので。

 

マジで、みなさん疲れてるだろうし、忙しいだろうしで、そういう時に私撮影してて邪魔だと思うんですけど!!!!こればっかりは……申し訳ないなと思いつつ、いっつも撮影してます。すみません。

 

 

 

 

(3)これは写真がなくて伝えにくいんですけど、祭典中に各町の若連さんが握手してるのを見るとなんかいいな〜って思うんですよ。

自分が住んでる町の人とか同級生と本気で握手することってあります?? 飲み会とかでイケメンがいたら私は握手しに行きます。いやいや、そういう不純な感じではないんですよ。こう……戦友と握手してるかのような暑い握手が交わされるわけです。それを見た時に、限られた空間、限られた人間関係の中で展開されていくドラマっていうものがあるんだなって。

 

(4)卒業者を送る。。。。これに関しては隊員時代のブログ記事引用します。

おばんです。
岩代の小浜よりMです。
ここにも何度か載せました
小浜の紋付祭り。
お祭り自体は秋なのですが、本日は
その祭りの全工程を運行する「若連」という組織の退会者おくりがありました。
退会って言っても途中で…というより若連の年齢から外れる、要は「長い間ご苦労様でした」という雰囲気。今回主役の方々は、ここ近年は年長者として組織を引っ張って来た伝統を守る代表格。
ちなみに、祭りの若連さんは4組織あり、たぶん、組織によって送り方が違います。・・・たぶん。(二回言う)
今日はまずお花見があって
その後から退会者おくりだったのですが
騎馬を組んで、花見の会場から塩松神社まで行き、二次会会場まで、退会者の足は地面につけないようにするんですって。その塩松神社の階段が長いのなんの・・・。
全力疾走するわ、胴上げするわで凄いですねェ。

その後、囃子を奏でながら町をまわって最後は退会者の家に向かいます。

ちなみに武藤の今日の感動ポイントは2つ。

その①
退会者を主役とした宴会では、その奥さんも主役。祭りを支える若連さん…を支えた奥さんも労う。
これって凄い仕組み。

その②
片付けもきっちり。
これはお祭り当日も観ていて面白かったところなのですが、ありとあらゆる片付けをするんですよね。
考えれば当たり前なんですが、これを観ているのが最高に勉強になります。朝八時に準備をはじめて、解散したのは夜九時。
その間も気が抜けない若連さん達。

いやぁ、、、、凄いですねェ。
余談ですが、若連さんがワイワイやっている姿をみると、全員兄弟みたいです。

 

 

 

ちなみにMさんは、やらかしたんだよ(ここからは、私と紋付祭りの歴史。。。。。出会いそして、求愛まで……笑)

この土地に地域おこし協力隊として着任したのは2014年のこと。101日に着任したので、祭りは数日後に迫っておりました。(紋付祭りは10月の第2週金土日です)で、私は「地域行事を見るのも仕事のうちだよなぁ」ってことで当時の担当さんに「祭りって、参加できたりしますか?」って聞いたんです。本当に軽く。

 

これ、誤解のないよう伝えておきますと

・紋付祭り自体をみたことがないので、 どういう祭りなのかわかっていなかった(3日間やることも知らず、太鼓台が出ることも知らず、若蓮があることも知らず、でした)

・何かお手伝いができるのかをそもそも知りたかった

 

お祭りといっても、形は様々で、神楽のような式典や二本松の提灯祭りのような祭りもあるし、夏祭りのような一般人参加型の祭りもあると思うんですね。で、この当時の私は明らかに「神楽のような祭り」を想定していました。

 

担当さんもこの辺の方ではなかったので、「大丈夫じゃないですか~?担い手だって減ってるんだし~」って感じで、若蓮さんを1人紹介していただいたんです。そして私は恐れ多くも「私も混ぜてください!」とかいっちゃうわけです。一応、二本松生まれなので、男性しかできない部分があることも重々承知しています。なので、そういうしきたり無視してまで混ぜてくれ!的なことは考えてなかったんですよ。

で、当然、「いや、女の子は……」ってなるんですけど、女でも混ざれる場所ってないのかなって食い下がるわけです。(こう……交通整備的なところでもいいと思ってた)

 

今思うと大変殴りたい案件です。(地域おこし協力隊を導入するときは、マジで地域内の相談役を隊員につけてあげてください!こういうトラブルは避けましょう。笑)

 

ただ当然混ざれるわけもなく、祭り当日は仕事があって、結局この年は祭りを見ずに終わりました。しかし、今思い出すと、とっても過去の自分に腹の立つ案件なんですけど。

 

そこから10ヶ月ほど経過して、2015年秋。私は地域おこし協力隊として活動していましたが、主な活動エリアは新殿地区で、小浜地区のことはさっぱり分からずじまいでした。これではいかんな~と思いまして。それで、再度「祭りについて知りたいな」と思うようになります。

 

それで、比較的交流のあった小浜の方に頼んだところ、子供の太鼓打を見せていただけることになります。小浜の一部では、子供達の太鼓の練習を各家庭の座敷を使って行います。言われた通りの時間にそのご自宅にお邪魔し、私はそこで第一のカルチャーショックを受けるわけです。

   

きちんと家に上がるとき靴を揃えて家の人にお辞儀する子供。帰るときも同じ。太鼓を叩く1時間ほどの間、私語禁止。ずっと正座。普通子供が来ると、ついつい優しくしてしまうじゃないですか。でもそういうの一切ないんです。もちろん、迎えている家の方は楽しみにしていたようで、そのお座敷におじいちゃんやおばあちゃんまで集まって、子供達の様子をズーーット眺めていたんですけど。それはそれ。稽古は稽古、なんです。だから、ニコニコしているおじいちゃんおばあちゃんがいるにもかかわらず、終始ピリッとした空気の中で子供達の練習が行われました。(……そして大人の私、情けなくも足が痺れる。)

 

この場の空気で、私は悟ります。「この祭り、ヤベェ。」私が思っているよりもはるかに、仕来りがあって想いがあるんだって。

 

そして、帰り道に今年はどうにかして3日間見ようと決意します。

なお。この際に、1年目に私が大変生意気を言ってしたった前述のエピソードに出てくる若連さんが居たわけですが(この町の人って知らなかった)、1年目のことを謝れず。そして、その申し訳なさをこの後私は2年ほど背負って生きていくのです。。。。

 

 

 

 

そして迎える1年目の祭り、そして2年目、3年目へ。

祭りの行程に関してはこの記事をご覧ください。。

1年目は、写真撮影を理由に祭りに密着させていただきました。多分観光客としてみることは全然できる祭りなんですけど、それもどこまでできるのか祭りの全体像がわからない私には判断不可能でしたので(そして驚いたことに、チラシ等が一切なくてマジで当日まで工程がわからず不安だったので)「写真撮影」っていう仕事をあえて口実に作っておいて、協力隊のシフトはそれでなんとかしました。

 

そしたらたまたま、県南から来ているカメラマンさんが居まして、意気投合。(なぜか祭典中ずっと一緒にご飯食べたりしながら撮影してました笑)2日間ずっと一緒だったんですけど、「ここの祭りほんとすごい、人間関係濃い、やばい」って2人で連呼して居ました。このカメラマンさんが、どちらかというと観光向け写真よりスナップや祭りの裏舞台を撮られる方だったので、その点でも私と似て居て、一緒に行動できたのは私にとって大変心強かったのでした。若蓮さんや子供の休憩時間や、太鼓台に提灯をつける作業まで撮影。そして、2人でバシバシ、祭典中の写真を撮りまくった結果、すっかり、「地域で頑張る若者とそれを見守る住人さん」にはまってしまったのでした。このカメラマンさんは2年目にも地域に来てくれて、「写真はフリーだから~」って去年のデータまで頂いちゃいました。笑 ちなみにこのカメラマンさんは「反町やばいね!反町やばいね!」って言って、シャッター切ってました。反町ファンだったようです。

でね、こうやって、祭典中の集会所の様子なんかを見てた時に、あー、地域ってこういう人たちがいて回るんだよなって。

私と同い年くらいの若連さんもいるんですけど、年上の人に怒鳴られたりしながら作業してるんですよ。浴びるようにお酒飲んでたりもして。多分、彼には彼の地域での役割ってものがあって。それは会社とか学校とか、そういう部分からは見えないんです。私は祭りのない地域で育ちましたけど、高校の時や大学の時、会社とか、そういうところで何気なく接してる人も一度地域に戻ると、とっても大事なキーマンなのかもしれないなって思ったんです。

私は地域貢献がしたいって言って地域おこし協力隊なったけれど、人が地域をおこすって本当はどういうことなんだろうってちょっと疑問に思っちゃったりして。私みたいに仕事でやる人もいて、それはそれなのかもしれないけれど、「地域の根底を支えてるのはこういう組織なんだよな」って。

 

よそからふらりと来て、「よく来たね~」って言われる私。よそ者にはよそ者の、仕事や役割があるけど、地域があってこそのよそ者。そして地域っていうのはこういう人たちでできてるんだなって痛感したんです。

 

お酒飲んでるのもね、ただ飲んでるんじゃないんだよなって。わざとバカになってるんだなって思ったら、ここの同世代の「オトナ」さにビビっちゃいました。

 

ここの若連さんには本当に頭が上がらなくて。だから、頑張ろうと思える活力をもらえるのです。私の協力隊としてやってこれたのもこういう尊敬できる人たちがいたからで・・・なので、私が協力隊の話をするときはこの祭りの話を必ずするようにしています。

MさんがFM6局で恐れ多くも祭りの話をした回

 

 

 

さぁ、協力隊が終わったぞ

任期が終わって、いざ埼玉に戻るかここで生活をするかっていう選択が差し迫った時、私は迷わずここでの生活を選びました。

選んだ理由はいくつもあるのだけど、大きく2つ。

(1)まだこの地域で不完全燃焼なので、もっと活動を掘り下げたかったから

(2)この土地の四季が好きなので、死ぬまで体感してたいから

主にこの2の部分は、祭りがでかい。笑 いつまでもはできないので、あと3年くらいは、お祭りの追っかけでもしてようかなと思います笑

 

 

で、家も任期後に住むことを視野に入れて引っ越しているんですけど、市役所の人たちに多大なる迷惑をかけて今の家に住んでおります。

役場の人「土地にこだわらねければすぐ見つかるぞ」

私「いやだ!!!!祭りがあるところがいい!!!!」

この攻防を3ヶ月以上続けたという。。。。。。笑

 

 

 

そしてですね、ちょっと昨年は隠していたんですが。

お囃子を習い始めました。

びっくりするくらい、覚えが悪いです。

 

笛も購入しました。吹けないと格好悪いのと、パフォーマンスだとは思われたくないんで、教わってることも秘密にしていたんですが、バレたんでもう隠すのやめます。むしろそんなこと言ってられないです。もう覚えるしかねぇ。。。。。

 

笛を教えてくれている師匠は大変、教えるのが上手なんですけど、(私のテンポに合わせてくれる)いかんせん、私の音感が壊滅しているのでものすごく、やばいっす。師匠……苦労が絶えないぜ……

 

私「覚えられないです、どこで繰り返してるのかわからないです;;;;」

デキる若連さん「1週間あれば覚えられる」

私「…………、。(涙も出ない)」

 

 

 

祭りは、祭り当日だけじゃない

ここの土地の人は、365日、祭りの話をしています、多分。人と人が顔をあわせると高確率で祭りの話になっています。多分、このブログは赤ペン先生してもらったらめっちゃいっぱい書き足されると思う。それくらい、みんな祭りが大好き!

 

きっとお祭りって少子化や、担い手不足など、抱える課題はとっても重たくて。祭り当日だけじゃなくて、たくさんの準備や雑務もある。それらは私が簡単に「大変なんですよ!」って言えるものではないんです。

 

それでも、この3日間は、みんな本当に楽しそうで。みなさんが好きなこのお祭りが、私もとっても大好きです。