私は、故郷を捨てたのでしょうか。地域おこし協力隊として活動をし、今もその担当地域で暮らす私へ、進学を機会に地域を出た大学生からそんな言葉をかけられたことがあります。

彼女は生まれ故郷の二本松の街が大好きだそうです。ですが、親は「無理にここに住まなくていいのよ」と言い、何より自分の夢もある。
地域で頑張っている人を見れば見るほど夢のために地域を「出た」という感覚だけが強くなるのだそう。

そんな葛藤を抱えた彼女へ、私はなんと声をかけたらいいのだろうと悩みました。

「地域の外で超出世して、偉くなって、その権力で二本松を元気にしてよ!」笑ってそう返した記憶があります。
でも、
心の中では、その「地域を出たら、もう部外者」という感覚は、私もちょっとだけわかったのです。

 「故郷を捨てた」その気持ちは、少し乱暴な言い方だけれど、それくらい彼女にとって「自分の夢」と「地域への愛情」は両方大切だったんだと思うんです。

そして親御さんの「夢を大切に。自分を大切に。」というのは本当にその通りで、田舎に無理に住むことはないのだと思うのです。しかし一方で、自由だからこそ、「捨てた」という言葉で自分を苦しめてしまう。自由だからこそ、自分の手で、自分の未来の方を選んでしまった……

地域に愛着がある人ほど、こういう悩みに直面してしまうのかもしれない。 彼女の一言がそれに気づかせてくれました。

里帰りをすれば、家の人も近所のおじさんやおばさんも暖かく迎えてくれる。だけれど、もうそこには住んでいないから、その街のことに当然、参加権はない。参加したところで何ができるわけでもないけれど、それでも住んでいるか住んでいないかの壁は当然あり、それが「当たり前」だからこそ、わがままでしかないから、誰にも言わなかったけれど。

この感覚を持つ、地域へ愛のある若者へ、ここに住む私はなんて声をかけてあげればよかったのだろう。