夏が、きた。

5月にも暑い日はあったけれど。少し肌寒い6月の雨日和が続いたかと思ったら
朝に玄関を出た時の空の青さが、昨日までと違っていて驚いた。

夏の空だ。

さて、今年の春に2年間住んだ借家からお引越しをした。古民家ではないが、昔ながらの家といった感じで、縁側、和室が連なった造り、土壁と漆喰、窓の枠は木製だった。お庭には、様々な草木が植えてあり、傷のついた柱や、子供がイタズラで貼ったであろうシールの貼ってある壁はこの家は『家族のいろんなかたち』を見てきたんだろうな、感じさせるところがいくつかあった。そんなところが、とても気に入っていたのだけれど。

思えば子供の頃から、家というものにこだわりがあった。それは『自分の家を建てたい』ではなく『古家をいい感じにして住みたい』という感じだった。
私には兄弟がいるが、兄弟はいずれも『夢のマイホーム』を目指している。いつかは新築を建てたい、こんな家がいいなぁという話をしている。

私の両親も、私が小学3年生くらいの時に、家を建てた。今まで住んでいた家の横にあった古家を壊し、新しく建てた家。両親にとっては、まさに『夢』をかたちにする瞬間だったようで、夜遅くまで部屋の間取りや、壁紙や、照明器具の個数や機能についてあれこれ話し合っていたことを覚えている。

子供だったので、その様子を見るのは楽しいし、建前の儀式や、家開きで人が集まってくる様子はとてもワクワクした。

しかし、私が『昔の家』が好きだったと感じたのは、日々生活していく中で『ちょっと寂しいな』と思うことが増えたから。
二重のガラスとモダンな色のガラス戸は床から天井まで堂々としていて開放感はあったけれど、光が反射してその日・その時間によってキラキラ光る度合いが変わる磨りガラスとは違ったし、フローリングの割合が増えた新居ではスリッパ履きが当たり前だったのでかろうじてあった縁側(前の家の1/2ほどの大きさしかない。渡り廊下みたいな感じ。)には、木の剥がれも傷もなくて、寝転ぶ気にはなれなかった。新品の柱に傷をつけると父にこっぴどく叱られた。

寝転んだ時に見えていた父が学生時代につけたという天井の手形も、綺麗な壁紙に変わり、1人1部屋制になったので押入れの秘密基地や物置部屋のソファー(と言う名の衣装ケースに綺麗な布をかぶせただけ、でもお気に入りだった)も必要なくなってしまった。

私は決して新築の家が嫌いなわけではなく、否定的なわけでもない。でも、私は、『すでにある家に、手を加えて、自分のお気に入りを作る』方が好きなのだと思う。あるものの中にお気に入りのものを見つけて、それを組み合わせて、お気に入り空間を自分の手で作っていくのが好きだのだと思う。

今回もご縁があって住めた家がある。今度はここでのんびり『秘密基地造り』をしようと思う。



関連記事

PAGE TOP